旗袍を着た明星(スター)

山口淑子(李香蘭)
澤口靖子
ジェニファー・ジョーンズ
マギー・チャン(張曼玉)
宮沢りえ
山口淑子(李香蘭



 1938年の満映「蜜月快車」から始まり、第二次世界大戦が終わるまで、日本人ながら中国人のスターとして人気を集めていた山口淑子さんは1920年2月12日に旧満州で生まれ、数奇なそして激動の人生を歩まれました。

数々の著書でご自身も語っておりますように、間違いのない正真正銘の日本人ということは、誰でも知るところです。敗戦までに中国で出演した映画の多くは中国人として描かれていますので、これらの作品では自ずと旗袍を纏っていたはずです。それには襖裾と言われる二部式の上下に分かれたものや、いわゆるワンピース型の旗袍まで数知れず、フアンの目を楽しませて呉れたことでしょう。





恐らくそれらの映画を鑑賞できた明治生まれ、大正生まれ、また昭和初期に生まれた方がたには懐かしく思い出されることと思います。(私が入学した女学校では映画は禁止されており、李香蘭は遥かなる異国の夢の中の存在のようなものでした)当時の映画はモノクロでしたから、写真では色彩を確かめることは出来ません。しかしモノクロ映画の凄さといいますか、写真を眺めていますと自然に色が浮かび上がり、想像が膨らんで参ります。



では実際にはどうだったでしょうか。著書から拾ってみましたら数は少ないのですが舞台で着られた旗袍が分かりました。敗戦を間近にしていた1945年5月、上海で開催された中日合作音楽会「夜来香幻想曲」での舞台で着た旗袍は「真っ白い中国服」「青い布地に銀の縁取りをし、鶯の模様のもの」「赤い中国服」この3枚が着られたということです。それより前1941年2月11日の日劇(現在東京有楽町のマリオンの地にあった日本劇場)でのワンマンショー、この公演では日劇を囲んだフアンの列は七回り半という有名な話が伝わっております。この時は「紫のチャイナドレス」「赤い花模様の中国服」を着られたと書かれております



私は著書の中にも掲載されている岩崎昶さんと一緒の写真の旗袍が大好きです。これは襟元がシャープな立ち上がりの襟で、袖は肩から続いた若々しいフレンチスリーブです。色は分かりませんが、私の想像ではベージュを基調にしたものではないかと思います。 

ここでは著書からの写真や毎日グラフ別冊(1991.6.30)に掲載された旗袍姿を少し紹介しておきます。また千葉県の菱川師宣記念館金木庸一館長のご好意によるサイン入りのポートレート(上海時代の20歳を過ぎたばかりの頃と思います)も併せて掲載いたしました。


澤口靖子


ここで言う澤口靖子の着る旗袍は「さよなら李香蘭」の中で着られた旗袍を指しております。この「さよなら李香蘭」は1987年に上梓された山口淑子さんの「李香蘭 私の半生」(新潮社)を元にフジTVが開局30周年記念作品として1989年12月1日と2日の二日間にわたり放映したものです。まず冒頭に上海のグランドシアターで催された「夜来香幻想曲」の舞台の幕が上がり、澤口靖子演ずる李香蘭が夜来香を歌いながら進んで来ます。

 ドラマの最後もまたこの「夜来香幻想曲」のシーンです。山口淑子さんを主人公に据えたドラマですから全編に亘り旗袍姿を見ることが出来ます。着られた旗袍の数は多く全部を挙げることは出来ませんが幾つかを挙げてみましょう。

 1.白い地模様のノースリーブ旗袍 裾幅は充分に取っている。
 2.ブルーに縁取りをした袖口の広い上着とズボン
 3.赤に白い縁取り銀のスパンコールの大きな模様のノースリーブ旗袍
 4.青いダブルの縁取りのロング旗袍
 5.北京の女学校の制服 ブルーの旗袍
 6.シルクの花模様に白い縁取りをした半袖旗袍
 7.ピンクを下地にした和風な感じの縦縞のロング旗袍
 8.袖山にタックを取り縁取りにビーズをあしらったピンク旗袍
 9.とき色の旗袍
10.濃いグリーンの花柄旗袍
11.ピンクレース地の旗袍
12.銀色の茗荷結びのボタンを付けた黒のロング旗袍
13.オレンジのシルクサテンに鶏頭と思われる花をスパンコールで刺した半袖旗袍
14.濃紺にピンクの花の刺繍を施した超ロング旗袍
15.ブルー地に同色でアカシヤの蕾様の房が横に流れる白の縁取りの旗袍

 このように色と模様に趣を凝らした素晴らしい旗袍を着ております。その他戦地での撮影では素朴な綿の上着も着ておりますし、飴売りの少女の姿では大襟の幅広い如意が目立つ襖と呼ばれた豪華な上着も着ております。これらの多くの旗袍の中で特に私の心に一番響いたのは、昔々少女の私を旗袍への憧れへと導いたブルーの北京の女学校の制服です。

 1940年頃中国の青島で見た中国の女学生のブルーの旗袍は自分の着る制服に比べ何故かモダンで印象深く、私が今教え着ている旗袍の原点ともいえるものです。


ジェニファ・ジョーンズ

時は1949年から50年にかけての物語。中英混血の女医と米国人特派員との香港での出会いと別れ。映画"慕情"のジェニファ・ジョーンズ演ずる女医の旗袍姿、既に半世紀以上が過ぎているのに旗袍を語る際には必ず出て参ります。

彼女の着る20着ほどの旗袍はアカデミー主題歌賞を受けたメロディーと共に印象深く忘れられません。その旗袍姿は知的で優雅、品性の豊かさも感じさせられます。旗袍は無地を中心とした構成で、ストールやジャケット、またコート等と組み合わせることで斬新な旗袍の着方を見せてくれます。特に袖丈は15cm位でしょうか大変短く、彼女の姿を若々しく見せております。登場する旗袍は全体がシンプルで医師として働く女性の知性を表現するに相応しいものでしょう。


私はこの映画を見るたびに当時の香港で着られていた庶民の服装が分かりジェニファ・ジョーンズの旗袍と共に楽しんで見ております。


マギー チャン(張曼玉)


1960年代の香港を舞台にした映画“花様年華”。成熟した大人の抑えた密やかな恋を演ずるマギー・チャンの旗袍、恐らく7,8cmはあろうかと思われる襟の高さに先ず眼を奪われます。袖は“慕情”のジェニファ・ジョーンズと同じく短く、袖なしの旗袍はマギー・チャンの細い腕をより際立たせ、なだらかな肩をまた一層美しく見せます。“慕情”が無地を中心に据えたのと違い、大胆な模様と色使い、縦縞や横縞また格子柄といったようなものまで着せており、恐らく旗袍に関心を抱く方にとっても大きなインパクトを与えたことと思います。映画館のロビーに映画の中の一着が展示されていましたが、私は袖付けに大変興味を感じ香港の老舗の力を改めて感じたことでした。













“宋家の三姉妹”(宋家皇朝)でのマギー・チャンは宋慶齢役で出演、映画は激動の人生を生きる三姉妹の様々な旗袍姿を見せてくれ、和田エミさんという素晴らしい方による映画の中の数々の衣装は浙江財閥なればこその姿を髣髴と偲ばせてくれます。この映画では宋家の人の着るものだけではなく登場する様々な階層の着るものまでを含め4000着もの衣装が製作され、そしてこれに対しては第17回香港電影金像奨の最優秀コスチューム・デザイン賞が与えられたそうです。



宮沢りえ


23回モスクワ国際映画祭の最優秀女優賞に輝いた宮沢りえが主人公の映画“華の愛遊園驚夢”は1930年代の蘇州が舞台。没落して行く名家ロン家の人間模様の複雑さの中、移り行く時代の狭間で生きてゆく二人の女性を中心に物語は進んで行きます。宮沢りえは昆劇の歌姫からロン家の次男の第五夫人になったという役柄だけに、着る衣装は贅をつくされ、襖裾という上着とスカートの組み合わせにはふんだんに刺繍が施されております。特に襖(上着)の襟は頬を覆うほど高く、襟から脇への縁取りが目立ちます。裾(スカート)は全体にゆったりとしたもので、打ち合わせが深く、襖裾で体全体を柔らかく包んでおります。襖裾とは別に宮沢りえの着る旗袍は生地と仕立ての良さが映像からはっきりと分かります。

             
この物語のなかのもう一人の主役とも言いたいのが共演のジョイ・ウオン(王祖賢)です。宮沢りえの夫の従妹という出自を心に引きずりながら国民学校の英語の教師をしており、役柄は微妙で複雑ですが志高く新しい女性の生き方を目指しております。旗袍が変化して行く中で見られるような立襟の長い黒いロングベストは白い縁取りがなされ、下に着ている深緑の旗袍とのコンビネーションがボーイッシュで、誰かに直にでも着せてみたい気分にさせられました。社会進出を目指す女性らしさを見事に表現するグレーのシンプルな旗袍も人を引き付けずにおかないことでしょう。

 この映画で着られた衣装は旗袍を含め、年の秋、サザビーズのチャリティ・オークションで短時間に全て落札されたということです。ところが私の教える中国人の生徒が香港の書店で友人が見つけたというこのオークションのカタログを教室に持って参りました。見る限り一枚一枚が精密に丁寧に作られており、実物を見ることが出来なくとも、さすがに第21回香港電影金像奨最優秀衣装デザイン賞を受賞したという衣装は素晴らしく、しばし引き込まれ見惚れました。



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